無料ブログはココログ

« ギャラリー「土地虫」 | Main | ■■□□□「アルコール」 »

2004.06.15

■□■■■「ハシリドコロ」

「なあアキヤ、これ、何ていう花?」
 クルワが僕にこう聞いたんだ。小さな鉢植えを見ながらね。
 僕は、何気ない口調で答えた。
「ハシリドコロ」
「えっ、はしりどころ?」
 当然のゴトく、クルワは聞き返したんだ。シメシメ。
「そう、ハシリドコロ、面白い名前でしょ」
 クルワの奴は全く植物のことが分からない、っていうか、クルワにとってはこの世に植物なんか無くても一向に構わないのさ。
「変な名前だな、お前どうしてこんな草持ってるの?」
 クルワにしては珍しく突っ込んで来る。でも僕は敢えて正直に答えるわけさ。
「うん、先週、奥多摩に行ったときに採取してきたんだよ。林道の脇に生えてたんだ」
 僕はそう言いながらハシリドコロの小さな鉢を持ち上げ、膝の上に載せた。そして、先の尖った葉を撫でる。するとほら、紫で五角形の花が僕にニッコリと微笑みかけるんだ。
「ねぇ、クルワ。ハシリドコロの名前の意味知りたくない?」
 僕は思い切って、クルワに聞いてみた。
 クルワは興味なさそうに、グラスに注いだ赤ワインを、ぐっ、ぐっ、と飲んだ。僕が大事にキープしておいた安物のテーブルワインなのに。
「別にぃ」
 クルワは、ふんっ、という感じで答えた。
 ちょっと残念。でも実は、ちょっとホッとしたのかも知れない。
 それから僕たちは無言でしばらくの時を過ごした。といっても映画が一本終わるか終わらないかという時間だけど。
「ふわぁーあ」
 クルワが大きな欠伸をした。「なぁ、アキヤ、なんか面白いものないのかよ」
 これは、クルワのお馴染みの台詞だ。いつもの僕なら、別にないよ、って答えるんだけど、今夜は違うんだ。
「あるよ」僕はぽそっと答えた。
 すると、クルワの細かった眼がクワッと大きくなって、僕をまじまじと見詰めるんだ。そう、まるで、返事をしないはずのサボテンに話しかけたら、そのサボテンが返事をしたのでビックリ仰天って感じかな。
 僕はとっても面白くなってきた。
「珍しいお茶をご馳走するよ。とっても不思議な味がするんだ」
 するとほら、とっても期待アリアリだったクルワの顔がみるみるつまらなそうに萎んでいく。
「なんだよ、全然つまんねーよ」
「そう言わないでさぁ、飲んでみなよ。絶対飛べるよ」僕は言う。そうさ、これはとっておきの一言だよ。
「えっ、まじ? クスリかよ!」
 ほら、クルワの奴、僕の術に落ちるぞ。
 僕はわざと答えないで、ニマッと笑った。すぐにクルワから目線を外し、台所に向かった。
「ヤバくないのかよっ」クルワは僕の背中に向かって叫んでる。
「うん、全然平気。違法ものじゃないよ、お茶の一種なんだから」僕は答える。「ちょっと待っててね」
 僕は台所に立った。急須に、ティーパック---実はただの紅茶なんだけど---を一つ入れ、次に冷蔵庫から小さな小瓶を取り出し、その中の液体を数滴入れた。
 僕の背中は、クルワの視線を強烈に感じている。
 急須にお湯を注ぎながら、僕は猛烈に愉快になってきた。これをクルワが飲んだところを想像すると、もう脳みそが沸騰しそうなくらいに可笑しくなる。
 お茶の入ったティーカップを二つ、トレーに乗せ、クルワの前に持って行った。
「アキヤ、これって、どうなっちゃうんだ?」
 クルワは僕に聞く。ちょっと不安そうだ。僕はもう破裂しそうなくらい愉快だったけど、苦行僧のように我慢したよ。
「うん、力がみなぎるらしいんだ。ほら、『ドラえもん』でさ、のび太が機関車になる話知らない? のび太が頭に煙突載せて石炭バリバリ食べて走り出すやつ」
 僕は神妙な顔つき(自分じゃ見えないんだけどさ)で聞いてみる。
「おー、知ってるよ。あれって自分じゃ止まれなくなるんだよな。そんなだったら俺やだぜ」
 うっ・・・
 僕は内心ヤバっと思った。でもつかの間、クルワはカップの一つを手に取った。
 ふぅー
「なぁ、アキヤ、お前も飲むんだろ」
 クルワは僕を睨みながら聞いた。
「うん、もちろん」僕もカップを手に取る。「じゃあさ、イッセイノセで飲もうよ」
 クルワは約三秒、僕の顔を凝視した。だけど腹を決めたようだ。
「よし、じゃあ飲もう」
 僕たちはティーカップを右手に持ち、左手を腰に当てた。
「いっせーのーせっ」
「イッセーノーセッ」
 ごくっ、ごくごくっ、ごっくん、ごっくん
 もちろん僕は口に含んだお茶をそのままカップに戻したのさ。
 僕はもう最高に可笑しくって可笑しくって死にそうだった。
「あはっ、あはっ、あははははー、クルワってばー、飲んじゃったー、あははっ、あはっ、あははははっ」
 僕は堪えきれず、大爆裂してしまったよ。
 クルワは始めきょとんとしていた。だけどね、クルワの顔がだんだん赤くなっていくんだよ。少しシアンが多めだった顔色に、マゼンダが20%、40%、60%と混ざっていくんだ。でね、とうとうマゼンダが100%になってクルワは一声吼えたんだ。
「ボー、ぶぉっ、ぶぉっ、ぶぉっ、ブォーーーー」
「ぎゃはははー、ぎゃっ、ぎゃっ、ぎゃはー」
 僕も、一緒にぶっ壊れちゃうかと思ったよ。いや、もう初めっから壊れてたんだなー、多分。
 クルワの足はもう走りたくって走りたくってしょうがないみたい。もう足踏みを始めてるし、顔はもう赤紫色になっちゃった。もう暴走機関車、バンジョー特急って感じ。
「よっしゃ、クルワ号、はっしーん!」
 僕がこう叫ぶと同時にクルワは動き始めた。玄関に突進すると靴も履かずに僕の部屋を飛び出したんだ。僕は当然追いかけたさ。
 ぼぉー、ぼぉっ、ぼぉっ、ぼぉっ、ぼぉーーーー
 ぎゃはっ、ぎゃははっ、ぎゃははははっ
 ああ、愉快だなー、愉しいなー、さすがはハシリドコロだなー
 暗い夜道を二人で疾走しながら僕は考える。
 ああ、こんなに愉しい夜は初めてだよ
 行けー、クルワ号
 地獄の涯まで
 突き進めーーーーー!

« ギャラリー「土地虫」 | Main | ■■□□□「アルコール」 »

Comments

Post a comment

(Not displayed with comment.)

TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/9810/772543

Listed below are links to weblogs that reference ■□■■■「ハシリドコロ」:

« ギャラリー「土地虫」 | Main | ■■□□□「アルコール」 »